童話作家のアンデルセン(1805-1875)は、切り絵の名手としても知られる。
彼が切った作品は数百とも数千ともいわれるが、現存するのはたったの250枚。
多くがこの世に残らなかったのは、それらの切り絵が子供たちにプレゼントされたり、
本のしおりにされたから。
「アンデルセンは私たちにおとぎ話をしながら、紙きれを折り畳んで鋏をくねくねと走らせるの。
紙を開くと、そこにはカタチがあった――」
と、後に多くの子どもたちがその幸福な体験を語っている。
白鳥をはじめとする様々な動植物、ピエロやバレリーナ、悪魔や天使、人魚や魔女、お城やアラブのモスク……
アンデルセンは白い紙や新聞紙や楽譜など身の回りの紙を使って、
下画も書かずに自由自在に見たものや想像上のモチーフを切り出した。
多くの人々がカメラを手にし得なかったこの時代、生涯を旅に生きたこの作家にとって、
即興的にカタチを繰ることができる切り絵は、ときに記憶を写し取る道具となり、
また言葉が通じない人と心を通じ合わせるための小粋なメディアにもなった。
しばしばチップ代わりにもなったという。
彼が旅先で子どもに切り絵をプレゼントしたところ、
そのあまりの出来栄えにお祖母さんが横取りし、孫が大泣きしたといったエピソードも、自伝に伝えられている。
[参考:図版:Beth Wagner Brust,The Amazing Paper Cuttings of Hans Christian Andersen,2003]